非現実的だからこそリアリティがあるような

本当は土曜のうちに書こうと思ってたんですけど、セレッソが勝ったことがあまりに嬉しかったので翌日に回そうと思い、で昨日はすっかり忘れていたのですが(苦笑)先に解放された3人とはまた別に拘束されていた2人の日本人も解放されたそうですね。ともあれ、無事でよかった。

今日は比較的早く家に帰れたので、着替えながら7時のNHKニュースを見ていたのですが、その解放された安田さんの現地でのインタビューが少し流れていました。けっこう淡々と語っていましたが、話はかなり生々しかった。最初から最後まで威圧的だった、と言われるよりも、紳士的な態度の人もいれば強烈な敵意を向けてきた人もいた、と言われる方がよりリアリティを感じます。「(殺害された)イタリア人との違いはなんだったと思うか」と聞かれて「銃を持っているかいないかの違いだったと思う。もし自分の鞄の底に銃が入っていれば、自分も殺されていたかもしれない」とさらりと言われた時は、どきりとしました。どうやら、日本人がどうのイタリア人がどうの、というより、(いるかもしれない)アメリカ軍のスパイからコミュニティを守ろうとする村ぐるみでの拘束劇のようだ、だから外国人というよりも外部の人間そのものをひどく警戒しているようだ、とは、出演していたある大学教授の見解。だとすると、アメリカ人やイタリア人の拘束者よりも、銃を携帯しない(法制度上はできない)日本人の方が早く解放されるというのは矛盾しない話ではあります。

もうずいぶん昔になりますが、「悲しい」という感情はある臨界点を超えるとかえって淡々としてしまうものだという経験をしたことがあります。恐怖という感情も、それに近いものがあるのかもしれない。私はそこまで怖い経験をしたことがないのでよくわかりませんが。

これをもって「ほれみろやっぱり自演じゃないか」という人に確認しておきますけど、これ夕刊フジの記事だってわかってますよね?(笑)いくつかの事情により、私はこと夕刊フジ日刊ゲンダイ、あとサッカー(移籍情報)に関する報知の記事は全て信用しないことに決めていますので、これについての論評は差し控えさせていただきます。ちなみに、大スポ(東京で言うなら東スポ)ならちょっとはまじめに考えるけど(笑)つまりはそのぐらい、夕刊フジという媒体は私にとっては信用ならないものなわけです。

少なくとも、この記事と、先のインタビューとを比べた時に、彼の言ったひとことの方がはるかに生々しかった。あの感覚っていうのは、ちょっと言葉では表現しがたいものがありますけど。